母島を断念、翌朝便で父島へ

娘と2人旅。小笠原母島である。

 

台風が接近してきており、母島から出られない恐れが出てきた。

急遽時間を早めて午前中に船が出るという村内放送が流れた。

 

天気は今のところいいし、明日母島登山もしたい。

父島にも山はあるが、母島の山には本土では見られないような植生や旧日本軍の基地など見どころがたくさんあり一度登ってみたかった。

 

しかし、この便を最後にこの後はどうなるか、台風の状況、海況次第だと言われる。

晴れていても海況が悪ければ、船は出ないこともありなんとも言えないという。

 

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まだ、予約した父島ー東京間のおが丸の出発まで日数があったが、その日までに父島に戻れる保証はないのである。

散々考えたが、翌朝の便で泣く泣く母島を出る決断をした。

誘ってくれた親子グループにも電話を入れておいた。夏休み、毎年来ているそうで心得ていた。

「仕方ないよね、また会いましょう!」

 

翌朝、早めに引き上げるというのに船着場まで送ってもらい、宿の方には大変世話になった。よくあること、と快く見送ってくれたのである。

船着場に着くと、まばらに乗客たちが大きな荷物を持って、乗船時刻を待っていた。おが丸でなのか、はは丸でなのか、島の中でなのかわからないが見たことある顔ぶれが目立つ。これも小笠原の旅ならでは、である。

 

ふと目をやると、小笠原ガチャが待合室に置かれている。

竹芝桟橋、おが丸船内、父島内など限られた場所にしかない小笠原ガチャ。小笠原の動物たちのフィギュアだ。

 

結構集まってきたが、なかなかシークレットのユウゼンが出てこない。ネットで買ったり交換したりすれば集まるとは思うのだが、やめられないのである。カブリが出ると毎回近くにいる子供達にあげてしまう。1個400円だから、だいぶ散財させられていると思うのである。でもあのワクワクがやめられないのである。

ガチャって夢があるよなといつも思うので、つい子供を甘やかしてしまうのだ。

 

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さて、乗船時間まであと少し と思っていると、知り合いのおじいちゃんが見送りに来てくれた。実は昨日北港から帰った後、少し挨拶に行って話をしたのである。

もう少し長くいればいいのに、などと話をしていたら外へ促され、ベンチに腰掛けた。

おじいちゃんはおもむろに万能ナイフを取り出し、パパイヤをむき出した。

完熟である。

おそらく小笠原で作れるんだろうと思うのだが、見事である。

本土では値段も高いし、あまり手に入らないので食べる機会は少なかったのである。

中にこんな黒い種が大量に入っているのも知らなかった。

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おじいちゃんに勧められ、一口食べてみる。甘い、ぬるい。ヌメッとしている。

娘にも切ってくれたが、娘は一口でダメだったようで

「ママ、食べて。」と残りをよこしてくる。

おじいちゃんは

「この子はもう一生パパイヤを食べられないよ。」というのである。

パパイヤが好きかどうかは初めて食べたその一口で決まるというのである。

大人になったら味覚も変わるんじゃないの?と思ったが、気分を害してしまうとまずいのでおじいちゃんの持論にふむと頷いてみるのであった。

 

その横でおじいちゃんは、手をベトベトにしながらどんどんパパイヤを切っているのである。

自分で食べる分かな、と思いきやどんどん渡してくる。

好意である。出されたものは全て食べよ。自分の格言だ。ほぼ1個を胃になんとか押し込んだのである。

 

パパイヤを食べているうちに、他の乗客が乗船してしまい、待合室には私達親子だけになってしまった。慌てて荷物をまとめると、おじいちゃんにお礼をいって乗船したのだった。島の人は皆顔見知りのようで桟橋の係の人が

「お孫さんかい?」

とおじいちゃんに声をかけていた。

「いや、嫁じゃよ。」

「!?」

と私が驚いていると、係の人達は爆笑していた。

私たちが渡り終えるとゆっくりと、桟橋がはずされていった。定刻少し過ぎたかな?と思って申し訳なく思ったが、のんびりとした島の人々の時間に癒された。

ここではここの時間が流れているのである。

 

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父島の見送りに比べると規模は小さいけど、あったかいお見送りである。

大きく手を振って、別れた。

 

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 大量のパパイヤでお腹がゆるくなった。船内下痢に悩まされた。

母島、必ずまた行こうと決めた。