小笠原諸島母島へ、はは丸乗船。
娘と2人旅。小笠原諸島へ。
我が家は共働きのため、普段なかなか一緒にいて話を聞いてやったり、何かをしたりってことが少ないように思う。
平日保育園から戻ればすぐに、食事や家事に追われ、お風呂で水鉄砲するくらいしかかまってやれない。
母娘の時間は圧倒的に少なかったのだ。
2人きりで旅をしてみたかった。今回それが叶った。
さて、待ち時間いっぱい遊び、いざはは丸へ乗船。
↓はは丸。当たり前だがおが丸より全然小さい。はは丸も新しい船になったとのこと。
↓お座敷席と
↓椅子席があり
特に指定もないので好きなところに座ることができる。
繁忙期でなければ満席ってこともないのだ。私たちが乗った時もガラガラであった。子供がいるのでお座敷をチョイス。
ここで、おが丸で一緒だった家族連れにまた会う。
子供同士はすっかり友達になっており、なにやらキャッキャ話している。親たちは泊まる宿やどうやって過ごすかなど情報交換しながら過ごす。台風の接近も気になるところだ。
↓前記事でも少し触れたが、小笠原諸島に向かう小笠原丸の中では子供も大人も
友達を作ると旅は楽しくなる。
おが丸は6日に1度の出港であり、これを1航海と呼ぶ。仕事を持っている人であれば6日間の旅行日程の人がほとんどで、つまり同じメンバーで船旅を過ごし、同じメンバーで父島に上陸し3泊し、帰りも同じ船で帰るのだ。
だから船内で友達になっておくと、島の中でも挨拶ができたり、ビーチで会って一緒に遊んだり、仲良くなって夜お酒を飲みに行ったりと素敵な時間を過ごすことができる。
しかも小笠原はリピーターも多く、自分の知らないお得な島情報やイベント情報、どんな魚がどの港に入ってきているかの釣り情報、クジラやイルカの遭遇情報などタイムリーな情報も入手できる。
そして帰りの船の中では、自分達の見たもの、体験したことを、お互い話して花を咲かせることができる。思い出を振り返りまた行きたいね、などどと話をしながら現実が待ち受ける東京湾に突入するのである。
東京湾に入った時の、あのなんとも言えないため息に近いような空気感は面白い。
さて、話を戻すとする。
初めて乗るはは丸、出港である。
↓多分おが丸にはなかったであろう双眼鏡が甲板に設置してある。
イルカはいるか?を繰り返す娘。台風の影響で波が高いこともあるのか、この時双眼鏡でイルカを見つけることはできなかった。
↓出港時、共勝丸に出会う。
3日かけて東京港から荷物を運ぶそうだ。小笠原諸島にとっては大事な貨物船だ。
以前は数人旅客の受付もしていたようで、でもそれはそれは長い船旅、そして揺れになったそうである。食事風呂つきで、意外に快適とマニアには人気だったようである。
残念ながらHPには”現在旅客輸送は行っていません”との文字が。
ちなみに新車を載せるのは断られるとか。潮かぶることは必至だからであろう。
「中古車買うしかないんだよ。」と島の方は嘆いていた。
しかも、この方は現物見ないで購入したという。予算と希望車種伝えて船に乗せてもらったとのこと。小笠原では車を買うのも、内地(本土のことを地元の人はこう言う)とは勝手が違うようである。
さて、外洋に出て30分ほどすると、
他の乗客たちが皆寝る準備を始めるのである。
えっ?2時間ちょいって聞いてたのに。
横を見ると娘も枕を出してきて寝る準備。
用意してある毛布をかぶせるとあっというまにご就寝。遊び疲れていたようである。
子供も周りの乗客も寝てしまい、暇なので酒を飲みつつ、観光案内のパンフを読んでいると、
何かがこみ上げてきそうな感じが。
吐き気である。たった2時間の乗船なのに他の乗客がとても静かで、そのほとんどが横になり寝ている理由がわかったのだ。
酔うのだ。ものすごく揺れるのだ。
特に今回は台風も接近していたので、揺れることをみな覚悟して万全の態勢で挑んでいたのだ。
急いで、酔い止めを飲み、爆睡している娘の隣で横になる。気持ちの問題も大きいはず、もともとダイビングで小さな船は慣れているはずである、おが丸だって吐かなかったじゃないか、大丈夫だ。
ブツブツと何度も自分に言い聞かせた。脂汗が出た。
酔い止めが効いてきたか。なんとか吐かずに済んだ。
後で気がついたが、ビニールを丁寧にかぶせた”たらい”が各所に置いてあった。
みな吐くのである。はは丸を舐めていた。
嘔吐の危機を乗り越えた頃、母島が見え始める。港は島の中ほどにあるので、入港するにあたり島沿いに南へ下る感じである。カツオドリが迎えてくれた。
↓カツオドリ
カツオドリがかなり接近してくるので面白くて甲板に出てみる。船に並走して飛んでいる姿がとても可愛らしい。時々魚を見つけたのか、海に垂直に飛び込んでいた。
↓飛び込むカツオドリ
カツオドリと言う名前だが、カツオなどの大きな魚に追われて、海面付近に集まる魚を狙う習性があるので、漁師からカツオの魚群を知らせてくれる鳥とみなされていたことが由来だという。
カツオを食べるわけじゃないのか。
この魚、調べて見ると悲しい生き様が明らかに。
餌を取るための海面ダイブで目を傷つけてしまうそうである。そして最後は失明し、死ぬ。
悲しい宿命である。でもそれが、生きるために必要なことであり、それは脈々と続いてきたことであるし、これからも続くのであろう。
この話を娘にすると
「ゴーグルつけて飛び込めばいいのにね、カツオドリさん」
「、、、うん。そうだね。カツオドリ用のゴーグルがあるといいね。」
作ってくれよ、カツオドリ用のゴーグル。
将来はペットショップ屋さんになることが夢の娘、ぜひ作って、店で販売してくれと思うのである。
さて、そうこうしているうちに沖港に入港。
母島初めての上陸である。
さて、どんな出会いがあるのか、楽しみである。
↓沖港 前浜にて。